──今日は趣向を変えて、ゲームというテーマで聞きたいと思います

面白い

──ゲームは、レースゲームだけやるということでしたが?

いわゆるビデオゲームではそうだね。

でも、ゲームこそ、新しいゼロイチのフィールドじゃなかと思う

──と言いますと?

今、予測市場という分野が大きくなってきていて、極端にいうとイエス or ノーで予測できるものはなんでもコンテンツになる。

例えば、あの人は信号が赤になる前に渡る、渡らない。とか、そのどちらかを選択して取引する。

──それはギャンブルとは違うんですか?

そもそも、ギャンブルも遊びだよね。一般的にはお金を賭けるか賭けないかが違いなんだと思うけど、本質的な点では同じこと。

一度フラットに考えてみると、テクノロジーの進歩で間違いなく市場としては大きなものになる可能性しか見えない。

もちろん、ギャンブルにおける反社会団体への資金の流入や八百長がリアルに介在してしまうなどの問題もあるにはあるだろうけれど、世の中は予測すること、その期待やそこに関わることでの体験を通して得られる興奮やストーリーで成り立っている部分はある。

例えば、俺はF1が好きなんだけど、F1の公式スポンサーである、188BETなんかはレースのベッティングを実施しているんだけど、マイレースの勝者を予想することができて、日本円でもベッティングすることができる。

それだけだと、競馬と何が違うんだというところだけど、さらに序盤の1位走行者やリタイヤの数、ファステストラップ(そのレースを通じての最速ラップ)を叩き出すのは誰だというようなベッティングもできる。

──ちょっと待ってください。違法ではないんですか?

188BETに関しては、イギリス連邦加盟国のマン島のライセンスを取得していて、日本での参加は違法じゃない。

でも合法でもないと言える。正確には脱法かな。刑法第186条第2項でプレイヤーは胴元と共に処罰されることが前提とされていて、胴元が処罰の対象でない場合、その対抗犯であるプレイヤーにも賭博罪が成立しないんだ。

──つまり合法ではないけど捕まらないということですか?

うん。逮捕はできるだろうけど、有罪にすることは難しい。そんな感じで、まぁ俺はオンラインカジノを勧めたいわけでもなんでもなくって、ここで起きていることに非常に興味がある。

さっきの話だけど、競馬とか競艇とかって、普通レースが始まる前に締め切るじゃない?

でも、この188BETに限らず、多くのオンラインベッティングのサービスは、レース中でも賭けられる。

オンラインだから、賭けるタイミングでどんどんオッズも変化して、賭ける対象でもある事象がどんどん増えていく。

サッカーだったらあと何点入るかとか、そんな感じ。

──これは、革新的ですね

これは、予測ということをベースにした市場の可能性という点では、今はスポーツがわかりやすいということだろうけど、このサイトではスポーツ以外にも従来のオンラインカジノやゲーム、eスポーツ、ファンタジースポーツもベッティングできる。

──ファンタジースポーツってなんですか?

実際にスポーツしないで、好きな選手を集めて架空のチームを作ってシミュレーションで結果を競うゲーム。選んだ選手の成績に応じて、実際に選んだ選手のチームでのポイントが変動する。

──ゲームセンターで見かける、カードを使った戦略ゲームみたいですね

まさしくその通りで、ここは人気選手でチームを作っても必ず勝てないという予測が難しい側面がゲーム性に大きい影響を与えているということ。

例えば、さっきの予測市場とかでも、信号を赤であろうといつでも渡る人がいても、なんらかの要員で渡らないこともあるわけで、不確実性の元に成り立っているわけだよね。

──確かに、いつも渡る人は渡るオッズは低くて渡らないオッズは非常に高くなるわけですね

何度も言うけど、俺はギャンブルを推進したいわけじゃなくて、この予測というものに関して、人間は日常の生活においてギャンブルばっかりやっているわけだよ。

それがテクノロジーの進歩で環境が整備され、主にすでにあるスポーツやゲームのフィールドが市場として大きく見えるけど、日常の中にも、ゲームになりうる予測要素がかなりある。

──なるほど。これは流行るんでしょうかね?

もうすでに流行っているとも言える。

例えば生命保険だって、掛け捨てのものであれば、例えば癌になった時に多額の保険金が降りるものがあるでしょ?あれって癌にならなければお金は無くなっていくよね。癌になったら勝ちってわけじゃなく、金銭的な見返りもある。

これもある種の予測市場とも言えると思う。

それ以外にも、例えば野外のキッチンカーで商売をしている人がいて、晴れの日は売り上げが見込めるけど、天気が悪ければ売り上げは落ちる。じゃあ、雨の方に予測してベッティングしていれば、雨が降ったら金銭的な見返りが得られる。ある種リスクヘッジにも利用できるという点でも、すでに保険でその仕組みが取り入れられているように、すでにある市場のみる角度が違うパターンとも言える。

つまりは、世の中のありとあらゆるものをゲームにすることができるってことだと思う。それがインターネットやテクノロジーで実現可能であるところで、世の中の仕組みの改変が起きて、いわゆるゲームチェンジャーになりうる。

──ゲームをテーマに聞いた時点では、そんな広がりがあると思っていなかったですが、世の中はすごいことになっていますね

日本でもIR推進法で法的な整備は進んでいくだろうけれど、リスクが怖い日本人にとってはまだまだこういった産業の出現も時間がかかるのかなと思うし、このカジノの合法化から新しいものが生まれるのではなく、日本の豊富なコンテンツが新しい可能性を生むんじゃないかなと期待はしている。

──確かにそうですね。日本にはゲーム産業も多いですし

いずれにせよ、いろんなものがデジタル化されて、便利に安全に悪いことができなっていく反面、スポーツやゲームにしろ、人が介在する以上、今以上に大きなトピックになるものは、ストーリーだと思う。

賭けの対象をよく知るためにも、例えばさっきのファンタジースポーツでも、選手のコンディションや小さな異変にも気づかなければならない。その選手が有名になる前にどんな生き方をしていたのか、普段はどういう私生活を送っているのか、今は断片的にSNSとかで知れるようにもなるけど、さっきもいったベッティングの対象になるってことは、それを商売として使う人も出てくるわけで。

嘘か真実かはわからない、その人のバックグラウンド的なアウトプットが多く出てくると思う。

またしても人類はテクノロジーを前にして、真実を見破る能力を試されることになる。

データで蓄積した情報も大事だし、その人の感受性や視点、クリエイティビティや性格なんかも大いに影響してくる。

そこで、得られるものがお金であるというのは、ある種発展途上のベネフィットだと思うんだけど、これからどういったものをお金で買うのか見ものだなと思う。

──性格悪いですね

SNSでもわざわざ見せかけのフォロワーを買う人がいるように、本質は常にお金じゃないんだと思う。お金で買えるものは顕在化して見えるようになるけど、最終的には承認欲求だったり、自己顕示欲だったり、欲を超越した存在にならないと、いつまでも幸せにはなれないんだろうね。

──悟りの境地ですね

人類史上、いつまでも目指すべきところは変わらない。笑

──ところで、ゲームはレースゲームだけとのことでしたけど、なぜレースゲームなんですか?

大きくあるのは車の運転が好きだという点と、目的が明確。

そこに、最近のゲームだと、物理計算がほぼ現実と思えるようなレベルまで上がってきていて、F1レーサーでもシミュレーターとして使えれるレベルまできてる。昔はサーキットでカートで体験していたことがかなり近い形で体感できる。もちろん、事故っても死ぬことはないし、重力も感じないから完全にとって代わるまでいかないけど。

──たまに、ジャングルジムみたいなシミュレーターみたいなのありますよね

あそこまでするなら、サーキット行くわ。笑

──もしそのレースゲームでさっきの188BETのようなところが主催している大会があったらどうですか?

完全に挑戦したい。笑

というのもね、今のレースゲームでもオンライン対戦みたいなのもあるし、eスポーツで世界大会なんかもある。でも、目的が明確で、リアルなレースと一緒だから、参入の余地がないんだよ。俺みたいなサンデードライバーだと。

でも、例えばどこの誰かもわからないし、ゲームもそこまで上手じゃない人のレース大会って、予測不可能すぎて面白いと思う。

そして、さっきの話にも通じるけど、その人間性がより強くフォーカスされると思う。

この人はどんな人なんだろう。可愛いなでもいいし、こんな子どもが、でもいい。

そこからその人を追いかけていけるような世界が広がれば、新しいスターだって生み出せるかもしれない。

何より、成長を追いかけることができるっていうのは、結構な喜びじゃないかな。そして応援することが、初めはベッティングだったけど、それがスポンサーにだってなりうることができる。まさに馬主だよね。個人をスポンサーすることで、他人と人生を共有できるというのは、新しい生きる意味を生むんじゃないだろうか。

──そう考えると、ゲームとは簡単にいうものの、人類にとって非常な重要なアセットですね

ゲームの語源って、もともと英語の元になったゲルマン祖語のga-(集合接頭辞)とmann(人)からなってて、直訳すると、”people together”の意味なんだよ。

だからルールやエチケットが必要だし、本来、ゲームにはソーシャル=社会性があるものなんだと思う。

機械を相手にゲームもできるけど、それだったらこんなにゲーム流行んないよね。

フォートナイトやAPEXでもそこに人がいて社会があって、ゲーム以外の得るものがある。

俺は、とどのつまりはゲームを通してそういった体験を得る必要がないくらい、日常がゲームみたいなものだから。笑

──ゲームにせよオンラインカジノにせよ、国境を超える力は果てしないですけどね

本当そうだね。ゲームで英語を覚えたりする人がいて、本当に有益なんだと思う。

もう学校とかもゲームになっちゃうかもね。テストで先生を倒すって内容で、そこまでに先生を見つけるために、国語算数理科社会的な内容の問題があり、その謎を解いていくことで、成長し、ゴールに辿り着く。みたいな。笑

──ゲームって、遊び、つまりは役に立たないものと考える人も多いと思います

間違いなく多い。そういう人はベーゴマやメンコでもゴムとびとかを、現代の事象に符合させることができない何かのキャズムがあるんだろうね。

ネットフリックスのイカゲームはまさしくそれを示唆しているようで面白かったな。賛否両論あれ、カイジのパクリだとか、日本の映画によくある展開とか色々見たけど、実に「ゲーム」って言葉の芯を食っていたと思う!

──いいですね!次はその辺のテーマでいきましょう!

楽しみです!