勇者はいつの時代も人殺しだ

さてさて、もうすぐゴールデンウィークですね。

過激な日記タイトルと、手あかに塗れた冒頭のご挨拶で、お目汚し失礼いたします。
今日は、久々のコンペっちゅうか、プレゼン参加と相成り、56回噛んだ後遺症で、夜も寝られずにいるところです。

人間、本当のことを言うときの方が噛むってホンマですか?

ここ数日、身辺慌ただしく、公私ともに忙しくしておるのですが、そんなときに限って公私ともに考えさせられることが多い!
まぁ、特に今となっては、数年前より考える時間も余裕も無い訳ですよ。

その無い無いづくしの 中、判断をビシバシやってかないといけない訳だから、大人っていうのは辛いですね。

それをどうにかするのが「経験」って奴なんですから、自分の経験不足を恨む訳です。

大阪に戻ってからというものの、東京にいたときの数倍やらなあかんことが多い。
これも、自分の経験不足に起因するところではありますが、要するに器用貧乏というか、芯が定まってなかった分、多くのことに手を出し過ぎだと言うことが、如実に現れているんですね。

しかし、多くのことに手を出すことがいけないことではなく、重要なことは「芯」なんでしょう。
つまり、芯がしっかりしていれば、何やっても同じ=色んなことができると。

もっと言うと、何をやる上でも、「重要なポイント」というものは、やることよりは絶対少ない訳ですよ。
でもそれは、ポイントが 定まっている人の場合。

例えば、「人の役に立つこと」でも、あんなことも役に立つし、こんなことも役に立つ。とまぁ、挙げれば枚挙に暇が無い訳ですが、それにはいくつもの共通点があります。

その内の一つは、「その人を喜ばせること」だと思います。
そのポイントを絞るためにも、たくさんの 失敗や悔しい思い、不満、罵倒などの積み重ねがたくさんある。
しかし、自分の目的が漠然としているうちは、幅広くやってしまう。根拠・確証無い訳ですから 当然ですが。いや、むしろ、それが実現への一番堅実な道なんですが。

そして、「その人を喜ばせる」ためのポイントは、「相手の喜ぶ顔」を想像しながら、やることでした。あ、俺の場合ね。でも、これは結果論。

ま、世の中の例えは、人を評価する場合とかでも、良いところばっかりしか言わないから、プロセスの大切さ、それの重要さは、あまり伝達されず、結果論ばかり流布されるもんなんでしょうけどね。

だって、マイケルジョーダンの言葉でいつも胸に突き刺さるのは、

「私は9000本以上のシュートをミスした。300の試合に負けた。ウイニングショットを26回はずした。私は生涯の中で何度も何度も何度も失敗を繰り返してきた。」

この、言葉ですよ。やっぱり。
ほんと、本物は、偽物と比べて、何が違うか、それは「失敗の数」だと思う。

歴史でも、勇者と言われる人は、ほぼ100%「人殺し」です。
一方では、勇者ともてはやしながら、「人殺し」は全面的に非難。あ、そら、俺も人殺しはあかんと思うし、そういうことじゃなくてね。みんな踊らされんなよ。と。

むしろ、興味の無い奴に何聞かれても 「別に。。。。」って答える方が、よっぽどマシかと。

いつもの通り、話は逸れましたが、そういった意味でも、経験は大切だと。
でも、失敗を恐れては、経験は身にならない。

誰だ!こんな失敗を許さない風潮を作ったのは!!!!

ま、少なくとも半年経って、東京での経験がカタチになって来てる訳ですよ。
あはは。 借りた金は、返せよ。

カテゴリー: Macより徒然, 日常   パーマリンク

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